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( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 19:53:23.51 ID:FGx+Eqqu0

 世の中が不条理な事だらけというのは、大人になるにつれて明らかになった事だ。
何が正しくて何が間違いなのか、決めるのはいつも力を持ったものだけ。
力の無い俺は誰かの小間使いになるしか無かった。
いや、力が無いというより、変に力を持っていたからこんな災難に遭っているのかもしれない。

 あの時俺が緋色に光る宝石から現れた精霊に『選ばれし戦士』と呼ばれなかったら。
今頃こんな安宿の堅いベッドの上にはおらず、家でぬくぬくと漫画でも読んでいたはずだ。

 何処から間違えたんだろう。そもそも俺のせいなのか。
俺が城で行っていた勇者選抜パーティにタダ飯目的で行ったのがまずかったか。
それとも家に現れた魔王の使いとやらに弟者を攫われたのが原因なのか。

 いずれにしても、精霊に選ばれた俺は魔王を倒さなくてはいけなくなった。
弟者が攫われなければ俺は『魔王なんて知らないもん!』とダダをこねて部屋に引きこもれたのに。
全ての出来事が俺の意志に反するように動き出している気がする。
精霊の言葉を借りれば、これが『運命』ってやつなんだろう。

 もし『運命』ってやつがヒゲもじゃの白髪のおっさんなら殴り飛ばしているところだ。
セクシーな女神だったら、まあ、その時はその時で考えるさ。
ケースバイケース。何が起こっても平常心、ってね。


2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 19:54:42.63 ID:FGx+Eqqu0













#1

*――ファンタスティックチルドレン――*




3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 19:58:29.44 ID:FGx+Eqqu0

 宿暮らしにも慣れてきた。
最初は日によって違うベッドの感触に戸惑っていたが、今では布団に潜った五分後には意識を失う。
山越えする時なんか野宿する日も多いので、布に包まれて寝られるだけで有り難いものだ。

▼・ェ・▼「クゥーン」

 布団に潜ったまま、ランプの光で小説を読んでいた俺に、ペットの蘭子がじゃれてくる。
蘭子は元々姉さんが飼っていた犬なんだが、旅のお供として今は俺と一緒にいる。
こいつがいなければ俺は孤独な一人旅を強いられる所だったので、そういう意味では感謝している。
しかし悲しいかな、

( ´_ゝ`)「餌が欲しいのか? このいやしんぼめ!」

 こいつも精霊に選ばれた勇者の一人(一匹)なんだ。
最初はびびったよ。俺と同じ目的(タダ飯)なのか知らないが、城までついてきやがって。
精霊が俺を名指しで『勇者』と呼び、会場がどよめいている中、精霊はこう続けたんだ。
側でチキングリルを貪り喰っていた蘭子に、『貴方も勇者なのよ』と。

 俺はびびったし、台座でふんぞり返っていた王様もびびってたし、立派なヒゲをはやした大臣もびびってた。
鎧が歩いているような格好をした城の兵士たちもびびってたし、力自慢のハンターたちもびびってた。
おまけに蘭子を『勇者』って呼んだ精霊自身もびびってた。お前が驚いてどうするんだよ。
精霊もどうやら自信が無かったらしく、終始首を傾げていた。

 とは言っても、運命が導いたのだから仕方が無い。
みんなが首を傾げている中、俺と蘭子は『勇者』として選ばれたのだから。


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:01:47.88 ID:FGx+Eqqu0

 ただし戦闘の経験が無い俺と、それ以前の問題である蘭子との旅は困難を極めた。
モンスターと遭遇した時は基本的に逃げ一択だし、傷を負っても次の町まで治療出来ない。
回復魔法が使える魔法使いを仲間にしたい所だが、そう簡単には事を運べない。

 聞くところによると、城では再び勇者選抜パーティが行われているらしい。
俺と蘭子が選ばれたのは、何かの間違いだったという結論に至ったみたいだ。俺もそう思うよ。
噂が知れ渡っている今、犬と旅をしている冴えない勇者の仲間には誰も入りたがらない。
かといって旅をやめる訳にはいかない。世界なんかどうでもいいが、一人の男の命がかかってるんだから。

▼・ェ・▼「ワン!」

 『ワン!』じゃないよ。隣の部屋か宿屋の主人から苦情が来るからさっさと寝てくれ。
という俺の気持ちなんていざ知らず、妙にハッスルしている蘭子は部屋中を駆け回っている。

 しつこいようだが犬が勇者ってどうよ。選ばれし“人”ですら無いからね。犬だからね。
伝記物の主人公なら美少女魔法使いが仲間である事がほとんどだ。
俺の仲間なんて魔法使いってレベルじゃないからね。犬だからね。
窮地に陥った俺を魔法で華麗に助けてくれるのが戦士の仲間の条件じゃないだろうか。
戦っている最中に近くの茂みにマーキングするのが勇者の仕事とは思えない。

( ´_ゝ`)「蘭子。落ち着け。発情期か?」

▼・ェ・▼「わふ!」

( ´_ゝ`)「わふ?」

 そういえば蘭子はメス犬だ。立ち位置で言えばヒロイン的ポジションであるので、メスなのは結構。
ただ出来れば人科のメス(決して女性を軽視している訳では無い)が良かった。
これじゃあ旅の道中に起こるかもしれないムフフなイベントも期待出来ない。

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:06:11.85 ID:sb/Hx5kp0
ほう……

6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:07:04.65 ID:FGx+Eqqu0

 じゃあ旅が終わった後ならどうなるかと言えば、今の所何も期待出来ない状況である。
何故なら攫われているのは俺の弟の弟者なんだ。助け出した所で何か起こる訳じゃないだろう。

 どうせ助けるなら美しい姫君とかが良い。
吊り橋効果で俺に惚れた姫と結婚して一国の主になるという流れなんて王道そのものだ。
読み物としての王道は嫌いだが、自分が主人公の立場に置かれているのなら話は別。
例え角を曲がった先でパンを口に咥えた少女とぶつかってそこから恋が始まっても全く問題無し。
ばっちこーいなのであるが、残念ながら今の所フラグのフの字も見えない。

 大体弟者を助けに行くっていう時点で大分萎える。攫われるなら普通女だろ。
かの有名な赤い帽子のヒゲのおっさんだって攫われたのが弟ならモチベーション下がりまくりのはずだ。
桃色の姫が攫われたからこそ、あの過酷な冒険に耐える事が出来たのだと思う。

 せめて妹が攫われて欲しかった。
こんな事を口に出せば元格闘家現主婦の俺の母親に正拳突きを喰らわされるだろうな。
しかし男を助けるっていうのは絵的に問題有りというか、後生まで語り継がれるであろう俺の自伝に傷が残るというものだ。
弟者にとっても、格好悪い伝説になるじゃないか。

▼-ェ-▼「くふぅぅ」

( ´_ゝ`)(やっと寝たか。俺も寝ようっと)

 小説を閉じ、戸棚の上に置いた。窓から見える月が恐ろしく綺麗だ。
どれだけ愚痴をぼやいても月と太陽はぐるぐると周り続ける。
世界は抗えない力によって動き回り、その螺旋に俺と蘭子が巻き込まれている訳だ。

 世界は不条理で、不透明で曖昧だ。螺旋の先を知るのは、人間にはとても出来ない所行である。
明日生きているかわからないような冒険の先に、何が待っているんだろう。
目を瞑って考えている内に、俺の意識は遠ざかっていった。

7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:08:44.93 ID:FGx+Eqqu0


#ファンタスティックチルドレン

終わり



8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:10:25.44 ID:FGx+Eqqu0

 地面に倒れている俺に、冷たい雨が容赦なく降り注ぐ。
雨は普通上から下に落ちているように見えるが、それは地面と垂直に立っている時の話だ。
地面と平行になって空を見上げている俺には、中心から拡がってくるように見えた。

▼・ェ・▼「ワン! ワン!」

 動かない俺の側で、びしょびしょに毛皮を濡らした蘭子が吠え続けていた。
何て言っているんだろう。『ご主人様。風邪を引きますよ』とかかな。
それとも『さっさと歩きなさいよ。私はお腹が空いたの』かもしれない。
動物と対話できる人間もいるらしいが、俺にそんな能力は無いので蘭子の言葉はわからない。

( ´_ゝ`)「蘭子、寒いか?」

▼・ェ・▼「クゥーン」

( ´_ゝ`)「そうか。俺も寒い」

 長時間雨に打たれていたので、体温は下がり、体力も奪われていた。
もっと問題なのは、崖から落ちた時に全身を強く打ち、起き上がるどころか喋るのすら体が軋むように痛い事だ。

 この山の中でひっそりと死んでいくんだろうと想像したら、どうしようも無く怖かった。
何とかしなければと思考を張り巡らしていたのは、今から一時間ほど前までの話。
今ではもう悟りを開いた僧侶のように穏やかな気持ちだ。
諦めたらそこで試合終了なのだが、俺の人生もそろそろ終了しそうだ。
いや、こんな人生、生まれた時から終わってるみたいなもんなんだろう。

9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:12:02.59 ID:FGx+Eqqu0













#2

*――崖の下の俺――*




10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:14:47.48 ID:FGx+Eqqu0

 思えば不運続きの人生だった。
恋人どころか友達すら少なく、安い給料でこき使われ、石があれば躓き、鳥が飛べば糞をかけられる。
あげくの果てに精霊に選ばれた事でどう考えても無理がある旅を強いられるハメになった。
俺の人生まるでついていない。このまま生き続けた所で、人生がひっくり返るような幸運には恵まれないだろう。

 だったら、ここで死んでもいいじゃないかと思えてくる。
これも『運命』だと思って受け入れようと、俺の心はすんなりと死を懐に迎え入れようとしていた。

▼・ェ・▼「ワン!」

( ´_ゝ`)「蘭子」

 俺が死ぬとしても、ここで蘭子を道連れにするのは間違っている気がした。
こいつだって選ばれた戦士であり、俺の家族なんだ。身勝手な諦めに付き合わせる事は無い。
残った力を振り絞り、追い払うように腕を振った。
お前だけでも生きてくれ、柄にも無い願いを込めたが、蘭子には届かなかったらしい。
俺の顔をぺろぺろとなめ回し、その場から動こうとしない。

( ´_ゝ`)「!」

 違う、願いが届かなかった訳じゃない。蘭子は俺を見捨てきれないんだ。
猫ならいざ知らず、犬の忠心というのは場合によっては自らの死をも上回ると聞いた事がある。
蘭子、お前は何て良い犬なんだ。生まれ変わったら、今度は同じ種族同士になって子供を作ろう。

 ここまで考えた時、既に蘭子はいなかった。
視界の端で、猛ダッシュで駆ける蘭子のしっぽの先が見える。あいつ、逃げやがった。
いやいやいや、忠心はどうした蘭子。さっきのは何だったんだ。
俺を見捨てるつもりか。おーい。駄目だ、すげえ速い。今まで見た事無いくらい速い。

11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:18:34.54 ID:r6HZ0GJG0
こんなに読ませない文章見たのは初めてだ

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:20:16.72 ID:FGx+Eqqu0

 唯一の仲間すら失った俺に、もはや生きる価値など無いだろう。
より強い諦めの心と、死に対しての感覚が鈍っていくのを感じた。

 この時俺の心を最も多く占有していたのは、“後悔”という感情である。
もっと適切な言葉に置き換えると、心残りと言った方が良いかな。
魔王の城に捕まっているはずの弟者の事だ。俺が死んだらあいつはどうなるんだ。
まああいつは出来た弟だ。きっと自力で脱出してついでに魔王も倒してくれるだろう。

 のたれ死んだ俺と違ってちゃんとした伝記として歴史に残り、女の子にもモテモテ。
国から一生遊んで暮らせるだけの報奨金を受け取り、美少女と結婚して子供を産む。
『この子は貴方似ね』『ははは。口元は君かな』なんて会話を赤ん坊の前でするんだ。

 許すまじ。弟者許すまじ。俺を置いて一人だけ幸せになりやがって。
来世でお前と会ったら握手するフリして腕の関節を極めてやるからな。

 駄目だ。意識が遠くなってきた。体の感覚も無くなってきてる。
死ぬんだ。俺は本当に死ぬんだ。せめてベッドの下の秘密を葬ってから、死にたかった、なあ。


*―――*


 上も下もわからない暗闇の中にいた。顔中がべたべただ。
汗でもかいたかな。気持ちが悪い、風呂に入ってさっぱりしたいな。
いや違うぞ。誰かが俺の顔にぬれ雑巾を引っ付けてるんだ。
ううん、もっと小さいものみたいだぞ。それに生暖かいし、生臭い。これは何だ?

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:21:06.06 ID:6pggBkhA0
支援

14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:22:53.61 ID:FGx+Eqqu0

『ワン!』

 何処かで聞いた鳴き声がする。これは犬の鳴き声みたいだ。
犬、犬といえば、蘭子だ。蘭子?

▼・ェ・▼「ワン!」

 ぼんやりとした視界一杯に、蘭子が浮かび上がる。
舌をだらしなく垂らして、忙しなく呼吸する度に、俺の顔に獣臭い息が吹きかかった。

( ´_ゝ`)「蘭、子」

(’e’)「気ぃついたかぇ?」

 蘭子の顔の向こうに、人の顔が見えた。
意識がはっきりしてくると共に、その人物の格好から、農夫だという事が推測出来た。
それから俺が助かったのだという事も。

(’e’)「犬の後ついてきてみれば、アンタここで倒れとったからのぅ。びっくらこいたべ」

 俺が気を失う前と、変わらない崖の下、変わらない蘭子の顔。
違う事といえば、田舎者の農夫が一人いる事と、あんなに激しくふっていた雨が止んでいる事だ。

 農夫に担がれ、近くの村に運ばれていく最中、俺の心はずっと満たされていた。
死によってかき消えたはずの人生を取り戻した事以上に、農夫の後ろをぴったりとついてくる蘭子の事を想ってである。

 この日俺は、蘭子は最高の犬で、最高のペットで、最高の家族で、最高の仲間なんだという事に気がついた。
犬が勇者でも良いかもしれない。不運続きの俺の人生に、手を差し伸べてくれた唯一の女神なんだから。
蘭子が農夫の畑を荒らし、巻き添えを食らって家を追い出されるまで、俺は本気でそう思っていた。

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:24:27.87 ID:FGx+Eqqu0


#崖の下の俺

終わり



16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:26:27.81 ID:FGx+Eqqu0

 勇者ものの伝記には必ずといって良いほど『勇者の剣』なるものが存在する。
伝記によって『聖剣』とか『ガイアの剣』とか、名前こそは違うのだが、役割は同じだ。
勇者と一般人を区切る為の要素の一つになっているのだ。
つまり、勇者しか扱えない『勇者の剣』があるおかげで、勇者という存在がより際だつ、という具合に。
勇者と名がついたものには、金に換算出来ない聖なる価値があったといえる。

 俺が今いる街は、俗に『勇者の街』と呼ばれている場所で、石造りの街並みが綺麗な所だ。
適度に残された自然と、人工なのに暖かい印象を与えてくれる石の建造物が素敵だと思った。
この街は旅人や商人が旅の途中で必ず寄る街だ。
交易路の途中に位置し、近くに人が住んでいる場所が無いので、ここで一旦休憩を取る人が多いからである。

 何故『勇者の街』と呼ばれているかというと、歴代の勇者たちがここを訪れ、数々の伝説を打ち立てたからだ。
近隣には多数のダンジョンが存在していて、モンスターを従えるボスも複数いたらしい。
ダンジョンっていうのはモンスターの街みたいなもの。
ボスは人間でいう市長の位置で、集団のモンスターを従える偉いモンスターだ。
なので度々モンスターの襲撃を受け、その度に勇者がこの街を救ったらしい。
だから、『勇者の街』なのだ。

 ところが今ではダンジョンが開拓され、近隣に好戦的なモンスターはいなくなった。
平和になったこの街で、勇者の存在を心の底から望むような人なんていなかった。

 勇者っていうのは、敵がいて初めて英雄になれるもんなんだな。
本当に乱世を望んでいるのは、魔王じゃなくて勇者の方なのかもしれない。

17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:27:55.70 ID:FGx+Eqqu0













#3

*――伝説の価値――*




18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:29:59.96 ID:FGx+Eqqu0

 この街に来た目的は、宿だけじゃない。
『勇者の剣』があるという噂を聞きつけ、やってきたのだ。俺は一応勇者だ。
勇者しか扱えない『勇者の剣』が使えるのなら、手に入れておくに超したことはない。

 初めて来た街で情報を集めるには、酒場で話を聞くのが一番賢明だ。
街についての情報はもちろん、旅人から仕入れた情報もマスターは知っている。
旅をする上では肉体的、精神的な強さも必要だが、情報も同じくらい重要だ。
マスターからの情報で命拾いした事も少なくは無い。

 酒場が開くのは夕方からが多いので、昼間の内は別の者から情報を集める事にした。
店を構えている商人を狙って、『勇者の剣』について問い出していく。
すると、みんな口を揃えてこう言った。

『勇者の剣なら、もう売ってないよ』

 どうやら『勇者の剣』という名前の武器が、普通の剣のように売り買いされていたようである。
観光客の為のお土産の一つなんだそうだ。他にも『勇者饅頭』、『勇者ステッカー』を見かけた。
俺が聞きたいのはそんなものではなく、もっと神がかった力のある聖なる剣の事だ。
いくらそう説明しても、渋い顔をされて『それも売ってない』と言われるだけ。
空しくなってきた俺は、『勇者の剣』は諦めて、大人しく宿屋へ向かった。

 観光地らしいので、それなりに宿泊施設も多かった。
王様から貰った金も限りがあるので、一番安そうなぼろい宿を選んで中に入った。

(*゚∀゚)「いらっしゃい」

 カウンターにいたのは、背が低くまるで子供にしか見えない女だった。
派手な化粧をしている所を見ると、見た目よりずっと年を取っていそうだが、わざわざ聞く気は無い。

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:32:29.35 ID:FGx+Eqqu0

( ´_ゝ`)「犬は良い?」

(*゚∀゚)「犬?」

( ´_ゝ`)「これ」

 カウンターの女にもよく見えるように、蘭子を胸の位置まで抱き上げた。
女はぽかんとした顔で蘭子を見つめていたが、やがて破顔し、顔を押さえて静かに笑い出した。
彼女の笑いが収まるまで、俺は蘭子の首の下を指でさすっていた。蘭子はきゅんきゅんと唸った。

(*゚∀゚)「良いよ! 他に客は誰も泊まってないからさ」

( ´_ゝ`)「これから来るかもしれないだろう」

(*゚∀゚)「来ないよ。昨日も一昨日も来なかったし、明日も明後日も来ないだろうから」

 女はケラケラと笑っているが、笑っていられる状況じゃないだろう。
赤の他人が営業している宿屋を俺が心配しても仕方無いんだが、今のままじゃいずれ潰れてしまう。
俺が考えている事を読んだのか、女は小さな顔についた大きな目で、俺を見上げてにやりと笑った。

(*゚∀゚)「いいんだ。この宿屋はおばあちゃんの遺産で、潰れるまで頼むって遺言を守ってるだけだもん。
    本気で経営する気なんて無いし、アタシはただの男待ちだから」

 『男待ち』と言った時、俺に向けて下手くそなウィンクをした。
嫁に貰ってくれる男が来るまで、この宿屋のカウンターに座り続けるという事らしい。
本気かどうかわからないが、ここに居続ける限り出会いは無いような気がした。

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:33:02.44 ID:AsbUOm9zO
支援

21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:34:45.04 ID:FGx+Eqqu0


*―――*


 金銭面の問題で俺は一日二食しか食事を取れない。二食とは昼食と夜食の事だ。
野営する時は夜通し歩き続け、日が昇ってから眠りにつくので、そのような習慣がついてしまった。
モンスターに夜襲されればどんな豪傑だってひとたまりも無いが、起きているなら話は別。
人間のように悪知恵が働く訳では無いので、真正面からやってくるモンスターがほとんどだ。
なので見つけやすいし、逃げやすい。

 加えてモンスターは半夜行性で、夜は強く朝には弱いという弱点がある。
つまりモンスターが寝ている時間に俺も寝れば奇襲は避けられ、安全という訳だ。

 この街には昼過ぎにやってきたのだが、街に入る前に固形スープとパンで食事を済ませてしまっていた。
二食で十分動ける体になっている上に、風土料理を楽しむ体力も無い為、チェックインした後は部屋でずっと横になっていた。

▼・ェ・▼「ワン」

 部屋の扉をノックする音に蘭子が反応したのは、窓の外で夕日が燃えている時刻だった。
物音に過敏になっているのは蘭子だけじゃなく、俺もそうだ。
旅をしていく過程で、僅かな信号を察知し危険から身を守る術を体得するのは比較的容易な事だった。
いつもの癖で、腰から短剣を引き抜き、ベッドの上で臨戦態勢を取った。

「入っていい?」

 聞こえてきた声は、モンスターが吠える声じゃなく、酒で少々喉が潰れている女の声だった。
肩に入れていた力を抜き、短剣を皮の鞘に戻した。

( ´_ゝ`)「いいよ」

22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:36:30.72 ID:FGx+Eqqu0

 開かれたドアから、アイラインの入った目が俺の姿を捕らえる。
きょとんとした顔で彼女は『何やってんの?』と俺に聞いた。
モンスターかと思ったなんて言えば、彼女はどんな顔をするんだろう。
ちょっと見てみたい気もしたが、失礼なので適当に誤魔化しておいた。

(*゚∀゚)「ご飯作ろうと思うんだけど、あんたも食べたい?」

 腹は正直減っていない。日付が変わる時刻まで何も口にしなくても良いくらいだ。
第一宿代に食事の代金は含まれていないという説明を聞いた後だったので、丁重に断ろうとした。

(*゚∀゚)「お金は取らないからさ」

 ケチ臭い俺の性格をわかっているみたいだ。
体の隅々まで染みこんでいる貧乏根性が、彼女の気遣いに反応し、ぎゅるぎゅると腹を鳴らせた。
蘭子を見ると、しっぽを振って今にも彼女に飛びかかりそうな程顔を輝かせていた。


*―――*


 彼女は自分の事をつーと名乗った。
特徴的な風味のシチューと彩り鮮やかなサラダを口にしながら、俺は彼女の話に耳を傾けていた。
つーはこの街の生まれで、ずっとここで育ってきたらしい。
いつか結婚して、別の街で暮らすのが夢だそうだ。

(*゚∀゚)「兄者の故郷はどんな所なの?」

23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:38:23.82 ID:uctHigAuO
支援

24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:38:55.52 ID:FGx+Eqqu0

 手を休めて、頭の中で故郷を思い浮かべた。俺の故郷はこの街に比べれば結構な大都市だ。
夜でもやっている店のせいで、街が暗闇に包まれる事は無い。
月に一回は祭があり、浮浪者が日陰で溜まり、子供たちは狭い路地の中で駆け回る。
大勢の人間がいて、いろんな人生があるが、決して交わらない冷たい街。俺はそう説明した。

(*゚∀゚)「都会なんだ。憧れるなあ」

 たっぷり皮肉を込めて説明したはずなのに、つーは夢見がちな少女のようにほくほくと笑った。
そんなに羨ましいなら、今すぐ宿を売り払って、用心棒でも雇って街を抜け出せばいいだろうと思った。

(*゚∀゚)「アタシも行きたいなあ。誰か連れて行ってくれないかな」

 俺は喉まで出かけた言葉を飲み込む事になる。
彼女が本当に望んでいるのは、都会暮らしでは無く白馬の王子様なんだ。
自分では何も出来ない、するつもりも無い、だから待ち続ける、そういう事なんだろう。

( ´_ゝ`)「いつか良い男に会えるよ」

 心にも無い事を言うのは胸がずきずきと痛んだ。
もっと気の利いた事が言えれば良いのだが、俺の乏しい会話能力じゃこれが精一杯だった。
彼女はまだ、ほくほくと笑っている。

(*゚∀゚)「会えないよ」

 プチトマトを摘み、口に放り込みながら、彼女はぼそっと言った。

(*゚∀゚)「昨日も一昨日も会えなかった。だから、明日も明後日も会えないんだ」

25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:40:44.19 ID:FGx+Eqqu0

 俺が思っていたより、彼女はずっとずっと現実を見ているようだ。
諦めているんじゃなくて、受け入れているという感じだった。
笑った顔は子供のようにはつらつとしていたが、沈んだ顔は大人の色気があった。

( ´_ゝ`)「どうして街を出ないんだ」

(*゚∀゚)「遺言があるもの」

( ´_ゝ`)「死んだ人間が生きている人間の邪魔をしていい訳が無い。
       君のおばあちゃんだって、君の幸せを祈っているはずだ」

 柄にも無く、熱くなってる。他人の事で声を荒げるのは俺の性分じゃない。
でも止まらなかった。体の芯が熱くなって、言葉が溢れてきたんだ。
どうして自分がこんなに怒っているのかわからなかった。
彼女は冷静に、時折頷きながら、俺の話を黙って聞いてくれた。

(*゚∀゚)「この街、活気があるように見える?」

 しばらくして喋る事が無くなった俺に、彼女は唐突にそう言った。
誤魔化す事も出来たが、意味が無いと思って、俺は正直に「見えない」と言った。

(*゚∀゚)「昔は凄い活気があったみたい。勇者がいて、伝説があって、人が集まって。
    でもこの辺りが平和になっちゃったら、伝説はただの伝記になっちゃった。
    今までずっと勇者に頼って続いてきた街だから、一気に寂れちゃったの」

 街全体に漂う寂しい雰囲気は、昔の残り香だったのだろう。
需要と供給、勇者がいらなくなった今、この街そのものもいらないものになってしまったという訳か。

26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:40:58.73 ID:j3O4Cwi7O
支援

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:42:23.47 ID:mHCiDZlbO
支援

28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:42:39.55 ID:FGx+Eqqu0

(*゚∀゚)「おかしいよね。望んでいたのが平和じゃなかったなんて」

( ´_ゝ`)「今魔王は復活してる。世界全体で言えば、平和なんてカケラも無いはずだ」

(*゚∀゚)「いくら魔王がいても、アタシたちには関係が無いもの。
    街は荒らされなくなったし、人が襲われる事も無くなった。
    きっと何処かで、新しい『勇者の街』が生まれるんでしょう」

( ´_ゝ`)「間違ってる」

(*゚∀゚)「でもそうなのよ」

( ´_ゝ`)「街興しの方法が勇者だけなはずが無いだろう。ここは観光客以外に旅人がよく来るはずだ。
       彼らを対象にして新しい方法で商売を始めるとか、いくらでも方法があるはずだ」

(*゚∀゚)「そうね。アタシもそう思う」

( ´_ゝ`)「じゃあどうして」

 つーはふんわりと微笑んだ。
子供の笑顔では無く、大人の作り笑いでも無い、母親が我が子に向けるような優しい笑顔だ。

(*゚∀゚)「この街は生きた伝説が無いと駄目なの。儚い犠牲と涙を誘う物語が無いと駄目なのよ。
    ずっとそうやって続いてきた街に、今更新しい在り方なんて存在しないの
    誰もが作られたルールの中でしか生きられない。アタシがそうであるように」

 声を上げて叫びたかった。間違ってると喚きたかった。頬を叩いて目を覚ませと言ってやりたかった。
俺の体が動かないのは、つーの目にうっすらと涙が滲んでいたからでは無い。
作られたルールの中で生きているのが、彼女だけじゃなく俺もだという事実からだ。

29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:44:16.95 ID:FGx+Eqqu0

(*゚∀゚)「貴方、エセ勇者でしょ?」

 何も言えないでいる俺に、つーはとんでもない事を言い出した。
蘭子がつーに向かって一声吠える。俺だって歯をむき出しにして吠えてやりたかった。
でも現実の俺は、否定する事さえ出来ずに俯くだけだった。

(*゚∀゚)「噂は聞いてるよ。犬と二人旅してる人なんて普通いないもん。一目でわかった」

 エセ勇者っていうのは、噂話の中での俺の呼称だ。
初めてその名を聞いたのは二つ前の街の酒場でだ。
俺が本人だと知らずに、旅のハンターはべらべらと喋り出した。

 『エセ勇者を知ってるかい。女神様が間違えて勇者と使命しちゃった奴の事さ。
  何でも犬と一緒に旅して、勇者とは思えないほどひ弱な奴らしいぜ。
  そんな奴が世界を救えるなら、俺は今頃神様になって立派なヒゲでも生やしてるぜ』

(*゚∀゚)「女神様が間違えちゃったって、本当なの?」

( ´_ゝ`)「あー、えーと」

▼・ェ・▼「きゅぅん」

 つーはテーブルから身を乗り出し、目をきらきらさせて顔を近づけてきた。
シチューの臭いに混じって、香水の香りが仄かに漂った。

( ´_ゝ`)「わからない。本当に間違えたのかも」

30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:45:49.38 ID:FGx+Eqqu0

 腹を抱えて笑い出す、という表現があるが、彼女がまさしくそうだった。
椅子から転げ落ちそうな勢いで、声を上げて笑っていた。
ここまで大っぴらに笑われると逆に腹も立たない。俺は残った料理に手を付け始めた。
彼女が笑い終わったのは、俺が全ての皿を空にした後だった。

(*゚∀゚)「応援してるよ。勇者様」

 皮肉なのか、ギャグなのか、それとも真意なのか、俺にはわからない。
子供みたいで大人みたいな彼女の気持ちを探るのは難しかった。

(*゚∀゚)「ねえ、キスしても良い?」

 料理を食べ終わった後で良かった。もし何かを口にしてたら盛大に吹き出していた所だ。
間抜けな質問だが声が裏返りそうになるのに注意して「どうして?」と聞き返した。
答えは返ってこなかった。更に問い詰める事も出来なかった。
言い終わった時には、俺の唇は既に塞がれていたからだ。


*―――*


 街には二日ほど滞在したが、特に変わった事は無かった。
一日あれば隅々まで探し尽くせるような小さな街だったので、二泊した後はさっさと出発した。
二泊ともつーの宿屋に泊まったのは、俺が彼女に対し妙な気を起こしたのでは無く、宿泊代をタダにしてくれたからだ。
勇者からお金を取るなんて罰当たりだからと言っていたが、本当にそう思っているのか甚だ疑問な所だ。

31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:50:43.15 ID:FGx+Eqqu0

 出発の朝、彼女は宿屋をやめて、料理屋を始めるつもりだと言った。
あの独特な風味のシチューを、街の名物にするのだそうだ。

 「白馬の王子様はどうしたんだ?」と聞いた所、ただ待つのも面倒だからという答えが返ってきた。
何にせよ、彼女が重い腰を上げて行動を起こしてくれた事が嬉しかった。
これから寄る街で、彼女のシチューを宣伝していこうと思う。

 ちなみに店の名前は『伝説のシチュー屋』である。
勇者に頼ってきた街の名残があるような気がしたが、言わないでおいた。
平和な街で、血なまぐさい伝説なんていらない。
鼻を抜ける独特な風味のシチューの方が、この街には似合ってるんだ。

 そうそう、彼女から良いものを貰った。今はもう非売品の『勇者の剣』だ。
見た目は青銅の剣だが、素人でも扱えるように軽くなっている。
子供が触って怪我をしないように刃が丸まっているおまけ付き。
お値段なんと3980G。俺が使っている竜紋の短剣が19800Gだったからとても安い。
リーズナブルで庶民にも手の届く伝説である。

 魔王を倒せて、弟者を助け出す事が出来たら、帰りにこの街に寄ろう。
もう一度シチューを食べたいし、弟者にも味を堪能してもらいたい。
そして何よりも、コロコロと移り変わる魅力的な笑顔が見たいからだ。

 早いとこ魔王を倒さないとな。だってそうだろ。
昨日や一昨日はもう巡ってこないし、明日や明後日は何が起こるかわからない。
白馬の王子様と一緒にいる彼女は、あんまり見たくないからな。

32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:52:19.28 ID:FGx+Eqqu0


#伝説の価値

終わり



33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:54:02.15 ID:mHCiDZlbO
しえん

34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:54:11.06 ID:FGx+Eqqu0

 暗いランプの光が、みんなの顔をぼんやりと照らしている。
狭い山小屋の一室に集まった俺たち4人と1匹は、ランプを囲んで夜が明けるのを待っていた。

 蘭子は足を組んで座っている俺の膝の上で、すやすやと眠っていた。
気持ちよさそうに崩れている顔を見て、こんな状況でよく寝られるもんだと少々呆れていた。
かといって犬にはこの状況を理解する事は出来ないだろう。
そもそも俺たち4人の中でも、完全に状況を理解している者はいない気がした。

 漂っている空気がぴりぴりと肌を刺す。
彼らは相手に手の内は見せまいと無言で牽制し合っているように見えた。

 しかし彼らからすれば、俺もそうしているように見えただろう。
俺は俯いてはいたが、目は鋭く見開き、風のそよめきにすら注意して耳を立てていた。
こんなにも集中するのは、例えモンスターと戦っている時でもあり得ない事だ。
山小屋の異様な雰囲気が、俺の五感を極限まで鋭くしていた。

 人間以外がこの光景を見たらどう思うだろうか。
知性があれば『何やってんの君ら』と呆れかえってしまうかもしれない。
蘭子が喋る事が出来れば、今すぐたたき起こし何らかのアクションをして貰うのだが。
残念ながら彼女は甘美な夢に酔っているみたいだ。

 さっきから蘭子の涎が俺の足首にぽたぽた落ちている。
女の子なんだからもう少しお上品に寝て欲しいもんだ。


35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:56:17.90 ID:FGx+Eqqu0













#4

*――山小屋の宴――*




36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:56:38.70 ID:mHCiDZlbO
支援

37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:58:40.85 ID:j3O4Cwi7O
支援

38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 20:59:27.36 ID:FGx+Eqqu0

 今夜も死と隣り合わせの山越えかと怯えつつ、山を下っていた時の事だ。
体力の限界に近づいていた俺の目に飛び込んだのは、この山小屋だった。
野生の、特に知性の低いモンスターは人工物に近寄りたがらない性質がある。
少しだけ休憩を取ろうと中に入った時、暗い顔でこちらを見上げる3人と出会った。

 3人はそれぞれ等間隔でランプを囲んでいたが、俺が入ると2人が移動し、そこに隙間が出来た。
座れという事だと解釈し、出来た隙間に俺が座った。最初はちらちらと3人に視線を送った。
ところが座った後は、自己紹介どころか目も合わせてくれない。

 余計な体力は使わないという姿勢なのだろうか。
それとも素性がわからない他人と仲良く馴れ合いする気が無いという事か。
いずれにしても誰も喋り出さないので、俺も黙り込みを続けていた。

 夜が明けるまでにはあと数時間かかる。
体力的な消費は無いが、この空気のまま居続ければいつか気力の方が尽きてしまう。
誰かが口を開けば、この微妙な均衡は崩れるような気がするのだが、その誰かは現れない。
もう限界だと感じ、せめて名前でも名乗ろうと思い顔を上げた時だった。

( ´_ゝ`)「!」

从 ゚∀从

<ヽ`∀´>

(-@∀@)

 全員の視線ががっちりとかみ合った。漫画的な表現でいえば、ランプの上で火花が散っただろう。
慌てて顔を伏せ、今起こった事を考える。俺以外の3人はみんな顔を伏せていたはずだ。
俺も同じようにしていたのだが、見えていない間にみんなは見つめ合っていたという事なのか。

39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:01:32.15 ID:FGx+Eqqu0

 だとするとアイコンタクトか何かで連絡を取り合っていたのかもしれない。
俺が来る前から3人はいた。この3人がみんな他人同士だという保証は何処にも無い。
最悪俺だけが部外者だという事もあり得る。では何故黙り込んでいるのか。

 思いついたのは、この3人が人には言えない身分の者たちだという事だ。
例えば盗賊とか、脱獄犯とか、犯罪者の集団であるという可能性である。
もしそうだとしたら言葉を発しないのは俺に対する警戒からという事で説明がつく。
追っ手なのか、それとも同業者か、そのような事を話し合っていたのだろうか。

 暗闇は怖いし、暗闇で出会うモンスターはもっと怖い。
ただ山小屋に集まった得体の知れない人間の集団も俺にとっては大変脅威だ。
下手なアクションを起こせば人里離れた山の中、口封じに殺されてしまう事も大いにあり得る。

 とにもかくにも、敵だと認識されてしまう事だけは避けたい。
例え3人が凶悪犯だったとしても、俺は何もしない。する気が無いし、出来もしない。
そりゃあ勇者だったら悪人を懲らしめるのも仕事の内なのかもしれないが、余計な危険を冒す程の余裕は無いんだ。

 しかし3人が凶悪犯だったとして、俺の事を正義感溢れる青年だと思い込んでいるとしたら。
先ほど考えた最悪のパターン、口封じに殺されてしまうという事が実現してしまうかもしれない。
防ぐ方法は今のところ一つ、自分を知って貰うという事だ。
自分の名前、旅人であるという事、生まれや育ち、余計な事には首を突っ込まないという性格。
何よりも非力であるが故に無害な存在であるという事を説明するのが最も効果的だと考えた。

 俺は意を決して再び顔を上げた。とにかく声を出し、話しかけるんだ。
自己紹介さえ出来れば、後は流れに身を任すだけだ。

( ´_ゝ`)「あの」

40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:04:18.93 ID:FGx+Eqqu0

(-@∀@)「すいま」

从 ゚∀从「えっと」

<ヽ`∀´>「みなさ」

( ;´_ゝ`)

(-;@∀@)

从;゚∀从

<ヽ;`∀´>

 綺麗に重なった4人の男女の声が、山小屋のしなびた木の壁に反射した。
俺たちはそれぞれ目をぱちくりさせただけで、誰も言葉を続けないまま、また顔を伏せた。

 何が起こっているのか理解出来なかった。俺が顔を上げれば、みんなも顔を上げている。
俺が話しかけようとしたら、みんなも一斉に声を上げる。一体何なんだこれは。

 垂らした前髪の間から、みんなの様子をそっと伺った。
腕を組んでいる者、持ち物の整理をしているもの、剣を磨いている者、やっている事はそれぞれ違う。
ただし俺にはわかった。3人はそれぞれちらちらと他の者を盗み見している。俺が今そうしているようにだ。

 この様子から3人が仲間では無いという事がわかった。
よくよく観察してみれば、3人はそれぞれちゃんとした職業に就いている者だとわかる。
赤毛のアシンメトリーヘアーの女は、革製の鎧に弓矢を背負っている事からハンターだとわかる。
眼鏡の男は一番荷物が多く、持っている道具のどれもが商人だという事を表している。
もう一人の細目の男は、最初は何かわからなかったが体つきを見ている内に確信した。武闘家だ。

41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:05:42.43 ID:mHCiDZlbO
しえしえ

42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:06:24.20 ID:FGx+Eqqu0

 ではこの3人が何故山小屋にいるかを考えれば、答えはすぐに思いついた。
ハンターの女は獲物を探し、商人はものを売る為、武闘家の男はおそらく修行か力試しの為に旅をしている途中だろう。

 3人とも山越えをしている途中に、偶然山小屋を見つけ立ち入った。
理由はもちろんモンスターを恐れ、朝までここで時間を潰す為だ。
どうせ自分だけしか居ないだろう、もしくは誰も来ないだろうと思っていたら、人が来たという訳か。

 ここまで考えた時、馬鹿らしくなってそれ以上考えるのをやめた。
3人は依然他の者に注意を配りつつ、無言を貫いている。
話しかけて空気を崩す事は簡単だが、元々俺はそんなにアクティビティーな人間じゃないし話好きでも無い。
むしろこの奇妙で殺伐とした空気を楽しむ方がよほど性に合っている人間だ。
危険が無いとわかれば、気も楽になった。朝まで黙り続け、そのまま山小屋を出る事に決めた。

 人間は暗闇を恐れる。そこに何かがいるかもしれないと想像してしまうからだ。
大抵の恐怖は人間が作り出す妄想で、取るに足らないものだと何処かの神父が教えてくれた。
山小屋に渦巻く殺気はまさしくこれで、見えない敵と戦う俺たちが生み出した恐怖そのものなんだ。

(-;@∀@)「……」

从;゚∀从「……」

<ヽ;`∀´>「……」

 人間っていうのは動物の中で一番賢いはずなんだが、ひょっとすると一番愚かな生き物なのかもしれない。


43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:07:37.36 ID:FGx+Eqqu0


#山小屋の宴

終わり



44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:08:05.52 ID:zfqTconu0
期待age

45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:11:28.88 ID:FGx+Eqqu0

 賭け事は良くないなんて誰が決めた事なんだ。
人生なんて全てがギャンブルみたいなもんだろう。
どんな顔で生まれるか、何の才能を持っているか、生まれてみないとわからない。
この世に誕生した時点でギャンブルは始まっているんだ。

 努力が一番という人もいるがどんなに努力しても出来ない事は出来ない。
運の要素が絡まない事なんて何一つとて存在し得ないのだ。

 ボードに積まれたコインの山を見て、自分の強運が天に導かれたものだと確信していた。
初めてカジノという場所に行き、見た事も無い大金を目の前にして、俺は悟ったんだ。

 力ある者は勝つ『運命』に置かれ、力無き者は負ける『運命』にあるのだと。
不自然が支配する人間社会で唯一存在する自然は人間の『運』。
『運』がもたらす摂理の中で、勝ち組と負け組が決まるのもまた自然なのだ。


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:11:56.79 ID:FGx+Eqqu0













#5

*――セイントギャンブラー――*




47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:12:23.44 ID:j3O4Cwi7O
支援

48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:15:09.08 ID:FGx+Eqqu0

 シャンデリアの明かりは太陽よりも眩しく、煌びやかで下品だ。
このカジノの天井にもシャンデリアが取り付けられている。
光力が若干弱く設定してあるのか、目がくらむ程の眩しさは無い。
それでも自分が大富豪にでもなったかと錯覚するような魔力がシャンデリアにはあった。

 正直な話俺は貧乏だ。
王様から貰った旅の資金は、節約しなければあっという間に無くなってしまうはした金だった。
一日二食と決め、余計なものは何一つ買わない生活を続け、旅を続けている状態である。
そんな俺がカジノに出かける事になったのにはある理由がある。
簡単な話で、無料でゲームが出来る招待券を偶然手に入れたからだ。

 少々話は変わるが、酒場での情報収集で最も大切な事は何か、分かるだろうか。
答えはこれも情報だ。基本的に情報は交換されるものであり、欲しい情報と等価値の情報を相手に与える必要がある。

 俺の持っている情報とはすなわち旅の話である。
リスキーな旅ではないので血湧き肉躍るような冒険話は出来ないが、それでも数分間相手を楽しめるだけの物語は語れる。

 平和な街暮らしの人間相手であれば、俺でも出来るような冒険話で十分なのだ。
この街でも俺は酒場でせっせと情報を集めていた。モンスターが多数生息している危険な地域。
盗人に狙われないようにする為の秘訣。安宿や良質な古道具を売ってくれる店などの情報である。

 話を聞く相手はマスターや街に店を構える商人に絞っていて、老人や子供は通常避ける。
ところがその日、酒場にてとある老人が俺に旅の話をして欲しいとせがんできたのである。
大した情報は期待出来なさそうな感じがしたが、頼まれたのに断る事は出来ない。
実際に経験した話を少し味付けして、老人の顔が笑顔に変わるまで冒険の話をしてやった。

 案の定何の情報も手に入れる事は出来なかったが、代わりに良いものを貰った。
それがカジノの招待券という訳だ。タダ同然で手に入れたんだから、使わないのは勿体ない。
あまり期待もせず、1ゲームしたらさっさと帰ろうと思ってカジノへ出かけ、今に至る。

49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:17:13.77 ID:FGx+Eqqu0

 ボードに座っている俺の周りには、大勢の人だかりが出来ている。
山積みのチップの間から顔を出している俺は、自分でも気色悪いだろうと思うくらい顔がにやけていた。

 1ゲームで帰ろうと思ったが、最初のゲームでボロ勝ちしてしまったのだ。
タダで貰った10枚のコインが、たった一回のゲームで80枚になった。
今帰るのは勿体ないだろうと考え、もう一度だけゲームに挑戦する事にした。
次のゲームでコインは246枚になり、有頂天になった俺はもう一度だけと決め半分のコインを賭ける。
すると三回目のゲームで計438枚のコインが手元に残った。

 この時点で俺の周りには徐々に野次馬が集まり、帰るに帰れなくなった。
はやし立てる野次馬の期待に応えなくてはいけないという使命感が芽生え、さらにゲームを続けていく。
勝ったり負けたりを繰り返し、順調にコインの枚数を増やしていき、現在3184枚のコインを保持している。

 全てのコインを金に換算すれば955200Gだ。
普通にゲームを楽しんでいる金持ちにすれば大した額じゃないかもしれないが、俺には大金以外の何物でも無い。
薄汚れた旅人がこの枚数のコインを持っているのは珍しいらしく、野次馬の数も半端じゃなくなってきた。

(´・_ゝ・`)「次のゲームはどうされますか?」

 無表情のディーラーが俺に向かって尋ねる。
既に帰るという選択肢が完全に欠落している俺は、無言で頷き、ゲームを続行した。
カードをシャッフルしている間に、ウェイジャーの額を手元のパネルで入力する。
3184枚の内アンティによって5枚のコインを失い、残った内の1179枚を賭け、カードが配られるのを待った。

 結果は、惨敗。1184枚を失い、俺の残りのコインは2000枚きっかりとなった。
今帰ってもまだ600000G手に入れる事が出来る。どうする、帰るか。

50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:19:10.54 ID:FGx+Eqqu0

( ´_ゝ`)「ゲームを続けます」

 考えるまでも無い。元々10枚のコインだったんだ。このチャンスを逃す手は無い。
保身を考えると人間は弱くなる。アンティの残りである1995枚全てをウェイジャーにすると、野次馬が一斉に唸った。

 このテーブルでは手持ちのコイン全てを賭けると勝った時の取り分が2倍になるルールがある。
今度こそ最後のゲームと考え、大一番の賭けに出る事にした。
シャッフルされたカードが配られる間、俺の心臓は弾けてしまうのでは無いかと思うくらい高鳴っていた。

 もう一度言おう。俺は勝つ『運命』の中にあり、神でさえ覆せない摂理の中にある。
ゲームが終わった時、俺の手元には11172枚のコイン、金額に換算すると3351600Gが残った。

 3351600G。俺は今まさしく、流れに乗っている。
もしも次10倍勝ちの当たりが出て、全てのコインを賭けた時の2倍ボーナスがつけば、20倍。
67032000Gを手に入れられる。考えるだけで頭がくらくらするような額だ。

 このテーブルのマキシマムベットは2000枚だが、勝利した次のゲームで全てのコインを賭ける場合、上限が無くなる。
まさしく今の俺にぴったりのルールじゃないか。ここで逃げる奴は屑だ。人間のゴミだ。
努力すれば何でも出来るというのは運に見放された負け組の戯れ言である。
本当に勝てる人間はこういう時勝負に出て、勝利を手にする選ばれしソルジャーなのだ。

( ´_ゝ`)「続けます」

(´・_ゝ・`)「OK」

 シャンデリアの光は俺のような人間にこそ相応しい。
あくまで店の照明なのだが、この時ばかりは俺だけを照らすスポットライトのように感じた。
生まれるべくして生まれた勝利者、栄光を掴み取るべき人間、俺という支配者の為にあるのだと。

51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:21:51.19 ID:mHCiDZlbO
支援

52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:22:04.31 ID:FGx+Eqqu0

 『おお――――!』

 野次馬たちがとうとう叫んだのは、俺がゲームを終えた瞬間だった。
手元に輝く145236枚のコインと、コインが示す43570800Gの価値にである。

(;´・_ゝ・)

 ずっと無表情を貫いていたディーラーの顔に汗が浮かんできた。
フロアマネージャーらしき男が彼に耳打ちをする。
思った通り、ディーラーは俺にもうやめた方が良いと促してきた。
今まで一般市民たちのなけなしの小遣いを貪り取ってきたカジノに、遠慮するつもりなど毛頭無い。

( ´_ゝ`)「続けます」

 涼しい顔でウェイジャーを決める。ベットはもちろん全てのコインだ。
不幸な人生だと嘆いていたのが嘘のようだった。俺の幸福は今この場に集中していたらしい。
ならば今までの分を全て取り返すだけ。何も間違ってなどいないんだ。

 次勝てば最高871416000G、最低でも174280200G手に入れられる。
もう旅の資金を気にして生活する必要は無い。一日三食どころか五食も六食も食べられる。
最高級の宿のスウィートルームを巡る旅なんかも良さそうだ。
毎日高級料理を食べ続け、装備も一流のものを揃えられる。

 そうだ、用心棒を何人か雇おう。これからモンスターが出た時は彼らに頼めばいいんだ。
考えるだけで楽しい旅になりそうだ。勇者に選ばれた時はどうしようかと思ったが、なんてことはない。
この日この為に俺は旅に出たんだ。俺は選ばれし者、聖なる賭博師なのだから。


53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:23:22.82 ID:FGx+Eqqu0


*―――*


 ギャンブルなんて最低だ。あんなものに現を抜かすのは生きている人間のやる事じゃない。
結局最後はこつこつと頑張ってきた人間が報われるんだ。
たった数分で大金が稼げるなんて夢見がちな馬鹿しか考えない愚行なんだ。

▼・ェ・▼「クゥーン」

 カジノの外に出たとき、夜の冷気と共に蘭子が迎えてくれた。
俺のかけがえのないペットであり、とても金には換えられない大切な相棒である。

( ´_ゝ`)「ごめんな。待たせちゃって。宿を探そうか」

▼・ェ・▼「ワン!」

 急に腹が減ってきた。この街なら夜でもやっている惣菜屋かパン屋があるはずだから、寄ってみるか。
いや、あまり金に余裕が無いな。今日は何も食べずに、明日の昼まで待っておくか。

 腹が減るのは生きている証拠だ。空腹のおかげで俺は生きている実感を味わえるのだ。
普通の人間よりよほど生を体感出来る時間が長い俺は幸せ者なんだな。うん、きっとそうだ。

 腹が減るのは人の摂理。誰もが摂理の中でしか生きられない。
突然大金が手に入るような事が無いのも、摂理の内なんだ。

 頬を伝う涙も、体を撫でる冷たい風も、きっと生きてるって事なんだ。
全然わからないけど、そういう事にしておこう。

54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:25:01.96 ID:FGx+Eqqu0


#セイントギャンブラー

終わり



55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:25:28.58 ID:mHCiDZlbO
やっぱり………

56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:26:48.44 ID:FGx+Eqqu0

 何の為にこの世に生まれたのか考えた事があるだろうか。
簡単には見つからない答えだし、考え抜いた末必ずわかるものでも無い。
それでも人は自分という存在の意味を求め続ける。
人間というのは愚かで儚く、弱々しい生き物なのだ。

 俺が初めて彼女に出会った時、彼女は生きる意味を見失いかけていた。
自分が作り上げた鳥かごの中で、頭上に広がる大空から目を逸らして。
それなのに大空で羽ばたきたいと夢を見て、傷ついた羽を必死に動かしていた。

 鳥かごの蓋には鍵がついていない。中から開けるのは簡単だ。
かといって囚われの鳥には開いたままの蓋なんて目に入らないんだ。
格子の隙間から誰かが手を差し伸べる必要があった。
自由を知らないまま朽ち果てていくのは、いくら罪深い人間でも許されない事だろう。


57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:27:03.22 ID:j3O4Cwi7O
予想どおりすぎるんだよ……
いつ展開すんの

58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:27:21.34 ID:FGx+Eqqu0












#6

*――ギンガムチェックの世界で――*




59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:29:18.26 ID:mHCiDZlbO
支援

60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:32:29.47 ID:FGx+Eqqu0

 魔法使いは一人で旅をしない。
通常は戦士やハンターなどの、いわゆる戦闘が出来る旅人と一緒に旅をしている。
呪文の詠唱中に無防備になる為、守ってくれる相手がいなければすぐにやられてしまうからだ。

 しかし魔法使いの使う魔法は強力無比だ。たちどころに傷を癒し、一瞬で魔を滅する。
旅をする者なら是が非でも仲間にしておきたい人である。
ところが一人で旅をしない以上、仲間にするのは大変難しい。
既に誰かとパーティを組んでいる者がほとんどなので、街で見かけても誘えない事がほとんどだ。
運良く誰ともパーティを組んでいない魔法使いを見つけたとしても、仲間になってくれる可能性は低い。

 魔法使いはその有能さ故に、自由に相手を選ぶ事が出来る。
ゆえに彼らはリスクの少ない、より強い人間と組もうとするので、簡単には誘いに乗らないのだ。

 そんな訳で俺も幾度となく仲間にし損ねた魔法使いだが、転機がやってきた。
俺が今いる村は、魔法使いが大勢いる『魔法使いの村』なのだ。
これは俗称で、本当の名前は『スクイットヴィレッジ』、魔力の高い霊山に三方を囲まれた閉鎖的な村だ。

 歴史のある村で、歴代の勇者をサポートした魔法使いを何人も出している事で有名である。
この村にいる魔法使いはほとんど独り身なので、アプローチし続ければいつか仲間に出来るかもしれないと踏んでいた。

▼・ェ・▼「ワン」

( ´_ゝ`)「甘い考えだよなあ」

▼・ェ・▼「クゥーン」

 村の中央にある噴水広場のベンチに腰を下ろしている俺は、自分の考えの甘さに肩を落としていた。
犬を連れて歩くエセ勇者の仲間になるような奇特な魔法使いは、結局見つからなかった。

61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:34:34.79 ID:FGx+Eqqu0

 一日かけてほぼ全ての家を訪ね、交渉をした結果なのだから、受け止めるしかない。
それでも気持ちが沈み込んでしまうのは仕方が無い事である。

( ´_ゝ`)(のんびりした村だな)

 柔らかい風が肌を撫で、村を侵食するように生えた木々の中で鳥たちが鳴く。
都会の喧騒など知らないといったように、ゆったりとした時が流れていた。
立ち並ぶ家々はほとんどがレンガで出来ていて、プロではなく自分たちで作ったのか少々不格好な所があった。
魔法陣を練習した跡が所々に出来ていたり、毒々しいオブジェが村の至る所に飾られてあったりするのが、いかにも魔法使いの村らしい。

( ´_ゝ`)「蘭子。腹減ってないか?」

▼・ェ・▼「クゥーンクゥーン!」

( ´_ゝ`)「わかったわかった。飯にしよう」

 そろそろ日が落ちてくる時刻なので、宿に戻ろうと腰を上げた時だった。
背中の方で何者かの気配を感じ、即座に振り返った。
蘭子の方が一瞬早く気がついたらしく、歯をむき出しにして戦闘態勢に入っている。

川 ゚ -゚)「!」

 噴水の向こう側、村を囲む塀の影に、女の子の姿が見えた。
目が合った瞬間、脱兎の如く女の子は逃げ出してしまう、と思ったら転んだ。

( ´_ゝ`)「ストーカー?」

▼・ェ・▼「クゥン……」

62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:36:24.28 ID:FGx+Eqqu0

 顔を打ったのか、手で顔を覆ってうずくまっている。
構う必要なんて無かったし、俺の事を見ていたのは気のせいだったかもしれない。
ただ何となく気になった俺は、蘭子と一緒に恐る恐る近寄っていった。

( ´_ゝ`)「あの、もしもし?」

川 ゚ -゚)「あ!」

 声をかけると、尋常じゃない早さで振り向き、ひきっつった顔で俺を見上げた。
歳は俺より一回り小さいくらいだ。前がはだけた濃紺のローブを着ている。
クリーム色のスカートを翻し、ロッドを使って立ち上がると、無表情でじっと睨んできた。
格好から間違いなく魔法使いだと分かったが、それにしてもよくわからない女だ。
俺の事を見ていたのは間違いでは無かったらしいが、用事があるのか無いのか、声すらかけてこない。
ただじっと俺の瞳を見つめているだけである。

( ´_ゝ`)「俺に何か用ですか?」

川 ゚ -゚)

 あどけない表情に、潤んだ瞳で見上げられると、何か悪い事をしている気分にさせられる。
頬に赤みがかかっているのは、元からなのか、恥ずかしがっているのか分からない。

川 ゚ -゚)「あ、あぁ」

( ´_ゝ`)「え?」

川 ゚ -゚)「あぅ、あああうぁう」

63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:37:19.41 ID:j3O4Cwi7O
支援

64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:37:34.33 ID:mHCiDZlbO
しえん

65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:39:55.72 ID:FGx+Eqqu0

 喋ったと思ったら、喋れてない。
言葉の喋れない赤ん坊が必死に喋ろうとしているみたいに、呻くような声を発するだけだ。
ひょっとすると、この子は、

( ´_ゝ`)「耳が聞こえない?」

 女の子はかぶりを振って、無言で否定した。
てっきり耳に障害のある子だと思ったんだが、どうやら違うようだ。

川 ゚ -゚)「あ、あわぃ、あ、あぅ」

( ´_ゝ`)「耳が聞こえるけど、言葉が喋れない?」

川 ゚ -゚)「あぅ」

 今度は首を縦に振って肯定する。彼女の長い黒髪が動きに合わせてさらさらと流れた。
だとすると失言症のような、心の病気という事なのだろうか。

( ´_ゝ`)「あ」

▼・ェ・▼「ワン」

 考えている内に、彼女は逃げ出していた。
ローブの裾をはためかせて、村の外へ向かって遠ざかっていく背中だけが、俺の目に映った。
一体何だったんだろう。彼女は俺に、何を伝えたかったんだろう。


*―――*


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:43:59.07 ID:mHCiDZlbO
支援

67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:46:35.06 ID:TC0FD8yYO
支援。

68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:50:25.02 ID:FGx+Eqqu0

 『あの子はクーっていうの』

 言葉を喋れない女の子に会ったと伝えたら、宿屋の女将さんはそう教えてくれた。
彼女は禁術とされる魔法を使おうとして、言葉を失ったらしい。

( ´_ゝ`)「宜しければクーさんが何処に住んでいるか教えて頂けませんか?
       旅の仲間に魔法使いが一人欲しいので、交渉をしに行きたいのですが」

 女将さんはかなり渋ったが、どうしても会っておきたいと伝えたら、何とか聞き出す事が出来た。
俺の事を不審者か何かかと思ったのかな。それともエセ勇者なのがばれてるから、どうせ無駄だろうと思って教えたくなかったとか。

 『今日は遅いから明日になさい。それとこれ、一応貸しておくわね』

 女将さんから渡して貰ったのは、一冊の分厚い本だった。
表紙に『手話辞典大百科集』という何だか詰め込み過ぎて失敗したようなタイトルがついている。
クーは言葉が喋れない代わりに手話が使えるそうだ。
交渉の時に役立つかもしれないと思って、有り難く頂戴しておいた。

▼・ェ・▼「ワン!」

 女将から案内された部屋はワンルームにしては広かった。
食事が出ない事を考えても、一泊の料金でこの部屋に泊まれるのなら安いものだ。
蘭子も興奮して部屋中を駆け回っている。とりあえず捕まえて頭を叩いておいた。

( ´_ゝ`)(さて、と)

 明日の為に手話辞典大百科集を広げた。まずは基本的な挨拶から覚えておこうかな。
クーが仲間になるかもしれないという期待感から、手話を覚えるのは苦にならなかった。
俺の事を見てたっていうのが自意識過剰から来る勘違いでなければ、明日は期待出来るぞ。

69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:52:48.27 ID:FGx+Eqqu0


*―――*


 舗装されてない狭い小道を抜けた先に、ツタが張っているレンガの家を見つけた。
ここがクーの家らしい。クーの家は村から100メートル程外れた場所にぽつりと建っていた。
ツタが這っているレンガの家は、周りに家が無いので寂しく感じる。

 木の扉をノックし、中からの返事を待った。
すぐにどたどたと足音が聞こえ、木の扉が軋みながらゆっくりと開いた。
隙間から出た顔は、昨日会ったクーだった。

川;゚ -゚)「あ」

( ´_ゝ`)「あの」

 扉はすぐに閉じられた。俺は蘭子と顔を見合わせ、ぽかんと口を開けたまま動けないでいた。
もう一度ノックしようとした時、扉は勝手に開き、中から別の人物が顔を出した。

('、`*川「こんにちは」

 出てきたのは穏和そうな老婆であった。黒いマントで体を隠している。
杖にかざした手には綺麗な宝石がついた指輪がいくつもつけられていて、雰囲気から魔法使いだと分かる。

('、`*川「中にお入り。あの子に会いにきたんだろう?」

( ´_ゝ`)「え、ええ。そうです」

70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:56:17.06 ID:FGx+Eqqu0

('、`*川「水晶は何もかもお見通しじゃ」

 老婆が呟いた意味ありげな言葉に、もう一度蘭子と顔を見合わせた。
一流の魔法使いは“見通し”という術が使えると聞いた事がある。
人間には見えない、わからないはずの未来や心の声を感じ取ることが出来る不思議な術だ。
使える魔法使いがいない事からもはや伝承の中の魔法になっているはずなのだが、まさか、ひょっとして、いやまさかな。

('、`*川「何をやってる。早く入りなさい。犬連れでも構わないよ」

( ´_ゝ`)「お、お邪魔します」

▼・ェ・▼「ワン」

 老婆に急かされ、薄暗い家の中へ入っていく。中はものが乱雑に溢れかえっていて、正直汚かった。
二人ともだらしない性格なのだろうか。というか、二人暮らしなのか?
母親は? 父親は? 今出かけているのだろうか。

('、`*川「いないよ。二人とも。この家は私とあの子しか住んでないんだ」

( ´_ゝ`)

 今日は何も考えないようにしよう。うん、そうしよう。


*―――*


71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:57:05.42 ID:mHCiDZlbO
しえ

72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 21:58:57.63 ID:TC0FD8yYO
ようです

73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:00:41.70 ID:FGx+Eqqu0

川 ゚ -゚)「あぅぇ、あぁぁあお?」

('、`*川「うんにゃ、違うみたいだよ」

川 ゚ -゚)「あぅ」

 居間らしき部屋に通された俺と蘭子は、出された肘掛け椅子に座っていた。
テーブルを挟んだ向こう側に、老婆とクーが座っていて、何やら会話をしている。
老婆はペニサスと名乗った。クーとはどういう関係なんだろう、と考えていたら『あの子は私の孫娘だよ』と教えてくれた。

川 ゚ -゚)「うぅあぁああう、あぇああぇぃ?」

('、`*川「さあ。それは私にもわからないね」

 彼女たちの会話は全くもって意味不明である。
心の声を理解出来るペニサスさんだからこそ、言葉を喋れない彼女と会話出来るのだろう。
ただしこちら側には何も伝わってこない。もしも悪口とか話されてたらどうしよう。
だんだん不安になってきたので、少々失礼だが無理矢理本題に入らせて貰うことにした。

( ´_ゝ`)「クーさん」

川 ゚ -゚)「!」

( ´_ゝ`)「今日は貴方に、大事な頼みがあってきたんです」

 彼女の怯えた小動物のような瞳が気になるが、駄目で元々、話を切り出した。

( ´_ゝ`)「俺とパーティを組んでください。一緒に魔王を倒しましょう」

74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:03:15.81 ID:FGx+Eqqu0

川*゚ -゚)

 元から赤みがかかっていた頬が、さらに赤くなった。
無表情ゆえに大人びた印象があった彼女だが、こういう表情の時はとても子供らしい愛嬌がある。
でも何で恥ずかしがっているんだろう?

('、`*川「あんたさ、あんまり強そうに見えないけど、この子を守れる自信があるのかい?」

 ペニサスさんは表情こそ変えなかったが、鋭い光が灯った目で俺を睨んできた。
孫娘の命がかかっているんだから、慎重にならざるを得ないのは当然だ。
目を逸らす事なく、真っ直ぐに見返して俺は言った。

( ´_ゝ`)「はい。命に代えても守ります」

('、`*川「ふぅん。言葉だけなら誰でも言えるからねえ」

 まるで心の中を探っているような目の動きに不安を覚えるも、俺の言葉に偽りは無い。
堂々と胸を張って先を続けた。

( ´_ゝ`)「俺は勇者です。使命を果たすまでは死なない。勇者の俺が守る彼女も、絶対に死なない。
       いえ、俺が死なせません。だから、お願いだクーさん」

川*゚ -゚)

( ´_ゝ`)「俺と一緒に来て欲しい」

川////)

75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:03:42.60 ID:TC0FD8yYO
支援

76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:04:32.92 ID:5jw3Q3B5O
支援

77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:06:20.19 ID:FGx+Eqqu0

 彼女の顔は赤みがかかっているというよりむしろトマトみたいになっていた。
俺は生来間の抜けた顔をしているから、真剣な気持ちを伝えない時は言葉を選ばずに言う。
もしかしてあまりにも臭いアプローチに、彼女の方が逆に気恥ずかしい思いをしているのかもしれない。
しかしここまで来てしまっては後戻りは出来ない。だめ押しの言葉を付け加えよう。

( ´_ゝ`)「手話、使えるんでしょ?」

川*゚ -゚)「!」

( ´_ゝ`)「一緒に旅をするとしたら、言葉が通じないといけない。
       もし俺と一緒に来てくれるなら、手話、覚えるよ。今日も少し覚えてきたんだ」

 俺はまず人差し指で自分の鼻を指し示した。これは『私』という意味。
次に左手の手のひらを相手に見えるようにかざし、右手親指で手のひらの中心を押さえる。これは『名前』。
続いて拳を握って、親指を水平に伸ばした状態で突き出す。『あ』。
親指を戻して拳に戻した後、人差し指と中指を横向きに伸ばす。『に』。
その状態のまま親指を上に伸ばし、右横に振る。『じ』。
最後に拳を突き出した状態から親指と小指を水平に、それぞれ逆方向に伸ばし、手前に振る。『ゃ』。

 <私の 名前は あにじゃです>

川 ゚ -゚)

 伝わったかどうか微妙だった。一つ一つの動作は鈍く、自分でも美しいとは思えない動きだった。
クーは口を半開きにして、呆けた顔で固まっていた。まずい、駄目だったか。
もう一度同じ動作を、今度は前より早く、出来る限り滑らかになるように努めて繰り返した。
それでも彼女から反応は返ってこなかった。やはり一夜漬けの努力なんて、知れてるものなのだろうか。


78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:08:42.52 ID:FGx+Eqqu0

川;゚ -゚)「あ、あ、あ」

 突然彼女は、高速で両手を動かし始めた。
縦横無尽に動き回る手の動きは、まるで踊っているように優雅だった。
俺は見とれていたので途中まで気がつかなかった、これは手話だ。

('、`*川「ふふ」

川;゚ -゚)「あ、い、あ」

 彼女が最後にやった手話は、俺と同じ動きで『あにじゃ』と示していた。
俺の手話が伝わった事、初めて彼女と会話が出来た事は、言葉じゃ言い表せない喜びがあった。
単なる会話に過ぎない行為なのかもしれないが、心が通じあったように感じたのだ。

( ´_ゝ`)「良かった。練習したかいがあった」

川*゚ -゚)「あぁぃあおぅ」

 彼女は続けて、左手の甲を上に向け、右手で手刀を下ろすように1回叩いた。
これは何だったっけ。覚えておいて、後で調べてみよう。

('、`*川「手話を覚えるなら、旅をするには苦労しなさそうだね」

 ペニサスさんの言葉は、俺とクーが旅をする事を許してくれたような響きがあった。
クーだって、まんざらでは無さそうな感じだ。これはひょっとすると、ひょっとしたか?

('、`*川「でもね、この子は連れていけないよ」

79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:12:54.67 ID:FGx+Eqqu0

 高揚していた気分を突き落とすかのような一言だった。
何もかもが上手く運べていたような気がしたのは、俺の気のせいだったのか。
だとしても、せめて理由が聞きたい。エセ勇者だから、という答えでも良い。
彼女も俺も納得するような理由が無ければ、ちょっと引き下がれない思いだ。
心の中で強がっていた俺に、ペニサスさんはこう続けた。

('、`*川「この子は魔法が使えないんだ。一つもね」

 この時ばかりは、何も言えなかった。
俯いた彼女と同じように、俺の言葉は何処かへ消えてしまった。


*―――*


 宿屋へ帰る途中、ずっと彼女の事を考えていた。
旅に連れて行きたいと言った時、俺の勘違いでなければ、彼女は嬉しがっていたはずだ。

 魔法使いは伊達に魔法を覚える訳では無い。
パーティを組み魔法の力によって誰かをサポートするのが、自分たちの使命だと思っている。
彼女だってきっとそう考えているに違いない。本当は旅に出たいんだ。
けれど魔法が使えない魔法使いは、旅に出ても役に立たない。
強力なアシストになるどころか、パーティのお荷物になってしまう。

 彼女が俺に会いたがっていたのは、旅に出たかったからだ。
面と向かって会うのを渋っていたのは、旅に出られない事がわかっていたからだ。

 俺よりもずっとずっと旅立つ事を望んでいる彼女は、今絶望の淵に立たされている。
何とかしたいと思った。だって俺は、人々の希望の象徴、世界を救う勇者なんだから。

80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:13:55.53 ID:6pggBkhA0
つ@@@@

81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:16:47.79 ID:FGx+Eqqu0


*―――*


 次の日、俺は蘭子を宿屋に預け、もう一度クーの家に向かった。
両側から伸びる木々のせいで昼間でも薄暗い小道を抜ける。

 家に着くと、扉の前に立ち、しばしの間悩んだ。
きっぱりと断られた上でもう一度家を訪ねるのは非常に憚られたからだ。
下手をするとストーカーだと思われかねない。
クーはおせじ抜きに美人だから、よからぬ事を企んでいると勘違いされたらどうしようかと思ったのだ。

('、`*川「そんな事考えないよ」

 いつの間にか目の前のドアは開いていた。
そういえばペニサスさんは心を読めるんだった。俺は自分で思っているより馬鹿なようだ。

('、`*川「何をしにきたんだい?」

 にやついた口元は、どういう意味を表しているんだろう。
何にせよ俺の目的を知っている上でこの質問はちょっとやらしい。

( ´_ゝ`)「クーさんに会いに来ました。もう一度交渉させて下さい」

('、`*川「駄目だ。あの子は魔法が使えないんだから、私が許可出来ないね」

 伝記に出てくる悪者の魔法使いは、大抵は意地悪なお婆さんと描写されている。
あえて言うが、今のペニサスさんの雰囲気はまさしく伝記の魔法使いそのものだった。

82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:20:13.39 ID:FGx+Eqqu0

 ここで退いては男、もとい勇者がすたる。
せっかく新しい手話も覚えてきたんだ、絶対に彼女に会ってやる。

( ´_ゝ`)「魔法が使えるようになれば、旅に連れて行ってもいいんですね?」

('、`*川「そうだねえ。もし使えるようになれば考えても良いよ。
     無理なのはわかってるけどねえ」

( ´_ゝ`)「わかりませんよ。例え貴方に千里眼が使えても、人の未来は誰にもわからない」

('、`*川「ふぅん」

 見えないものを見る“見通し”は近い将来を予言出来る。
それでも俺は抗ってみたかった。未来は誰にでも希望が溢れているはずなんだ。
俺がそれを証明してみせるんだ。

( ´_ゝ`)「クーさんに会わせて下さい」

('、`*川「ああ、いいよ。無駄なあがきだと思い知りな」

 ここまで露骨に嫌みを言われると逆に腹も立たない。
むしろ燃えてくるというものだ。
ペニサスさんの背中を追い、中に足を踏み込んだ時、俺の心にはメラメラと闘志が芽生えていた。


*―――*


83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:24:00.40 ID:FGx+Eqqu0

川;゚ -゚)「あぅ?」

 居間の肘掛け椅子に座って本を読んでいた彼女は、俺を見つけると訝しげに見上げてきた。

( ´_ゝ`)「えっと、昨日の今日ですいません。
       やっぱり貴方と旅がしたいので、またやってきました」

川;゚ -゚)「えお、あぁいは、ういあぁあ」

 彼女は人差し指で自分の鼻を指した後、首元で左を指さした。
それから手をチョキの形にして、数回振り払う。
最初の手話は『私は』だが、次の手話がわからない。
おそらく指文字だと思うのだが、俺には解読出来なかった。

('、`*川「無理、だってさ」

 思い出した。左を指さしたのは、『む』の指文字だ。
腕を振り払っていたのは、『り』の右の斜線を描いていたんだ。

( ;´_ゝ`)「大丈夫。魔法が使えるようになれば、旅に出ても良いらしいから」

川;゚ -゚) <無理です>

 流石に二回目は読み取れた。
もうこの手話を忘れる事は無いだろうが、彼女を連れて行けなければそれも意味が無い。

('、`*川「ものは試しさ。奥の修練室貸してあげるから、まあやってみな」

84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:26:28.76 ID:FGx+Eqqu0

川;゚ -゚)「えぉ、えいあいああぁ」

('、`*川「私は野草を摘みに行くから、あんたたち二人で頑張ってね」

 言うだけ言ってペニサスさんは部屋を出て行った。
残された俺とクーの間には、微妙な空気が漂っていた。
気まずい空気を打ち消すように、わざと明るい声を出す。

( ´_ゝ`)「さあ、頑張ろう。修練室ってそこ?」

 悪魔のような顔が描かれた悪趣味な扉を指さす。
クーが頷いたのを確認すると、俺は先に扉の方へ歩いていった。
彼女はあまり乗り気じゃなさそうだが、とにかくやれるだけの事はやりたい。

( ´_ゝ`)「この部屋が、修練し」

 意気込んで扉を開けた俺は、部屋の異様な雰囲気に面くらい、言葉が途切れた。
修練室の壁や天井は濃い紫色で統一されている。
本来ならポスターやペナントが貼られている壁には、動物の剥製が何体も飾られていた。
床一面には淡く光る魔法陣が描かれていて、魔法陣の周りにお香が焚いてある。
天井からは髑髏や気味の悪い人形が力無く垂れ下がっていて、何もかもが不気味な部屋だった。

( ;´_ゝ`)「個性的な部屋だね」

川*゚ -゚)「うあぅ」

 クーの顔がまた少し赤くなる。
自分の部屋を異性に見られた女の子が取る反応と同じものなのか、俺にはわからなかった。

85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:33:22.58 ID:FGx+Eqqu0

 俺が部屋の中から手招きすると、彼女は渋々といった様子で部屋に入ってきた。
今の状況をもう一度振り返ると、若い女の子と部屋で二人っきり、なのである。
ちっとも魅力的に思わないのは、限りなく内装に原因があるだろう。

( ´_ゝ`)「試しに魔法を使ってみてくれないかな」

川 ゚ -゚)「ふぇ?」

( ´_ゝ`)「失敗してもいいんだ。出来ないからって焦る事は無い。ゆっくりやっていこう。
       一つでも使えるようになれば、旅に出て良いって言われてるから」

川*゚ -゚)

 “旅”という言葉に反応して、彼女の顔が少しだけ明るくなった。
彼女は無表情なのに、気持ちが手に取るようにわかる、不思議な子だ。

 クーは隅の机に置いてあったロッドを手に取り、魔法陣の中心に立った。
二、三回深呼吸をしてから、ロッドを勢いよく床に刺す。

川 ゚ -゚)「あぁあいいあ、あいぉあおうぇぉあ、あぃああいあ」

 彼女の言葉に反応して、魔法陣から発していた光が強くなってきた。
おそらく呪文を詠唱しているのだろう。
言葉にはなっていないが、元々呪文というのは心で唱えるものだと聞いた。
だから喋れるか喋れないか、俺が理解出来るかどうかというのは関係無いのだ。

川;゚ -゚)「いぇいああい、あいうあいぃあいあいうぅえいおぃ」

86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:36:45.30 ID:TC0FD8yYO
支援

87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:36:57.09 ID:h+/s/STnO
支援

88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:43:47.02 ID:XytHr4hcO
支援

89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:49:32.67 ID:FGx+Eqqu0

 魔法陣の光が輝きを増していくと共に、彼女の顔に疲労が浮かんできた。
天井から吊されたオブジェがカタカタと鳴り始め、魔法陣の中心にいる彼女から見えない波動が届いてくる。

 波動はやがて肌で感じられる風に変わり、彼女のスカートとローブがばさばさとはためいた。
呪文の詠唱も終わりに近づいているらしく、呟きだった声が大きなうなり声に変わる。
まさか最初の最初でいきなり成功するのでは、期待に胸が膨らんだ、その時だった。

( ;´_ゝ`)「!?」

 彼女から発生した閃光が視界一面を包み、何も見えなくなった。
上も下もわからなくなった世界で、体の至る所に衝撃が走る。
成功なのか失敗なのかもわからない。とにかく恐ろしくて、手足をばたばたと動かしていた。

 目はすぐに見えるようになり、辺りの状況や、自分の状態がわかった。
俺は床に倒れていた。周りを見渡すと、立てかけられてあった剥製が倒れ、お香が床にぶちまけられていた。
ずきずきと痛む頭を抱えながら、何とか起き上がる。
まだぼんやりとしている視界の中で、魔法陣の中心にうずくまったクーを発見した。

( ;´_ゝ`)「クー!」

 すぐさま体を起こし、彼女の元へ走り寄った。
彼女の体を抱きかかえ、声をかける。意識はあったが、目を閉じたままとても苦しそうに呼吸していた。
何が何だかわからなかったが、二つだけ理解出来た事がある。
魔法が失敗した事と、魔法の練習は思っていたよりずっと難しいという事だ。


*―――*


90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:55:00.05 ID:FGx+Eqqu0
 ヤカンと茶葉を見つけたので、具合の悪そうなクーの為にお茶を沸かした。
どうでも良いが、妖しい薬品だけじゃなくて、普通の茶葉も置いてあった事に少し驚いた。
湯気の沸き立つコップを手に、居間のテーブルを目指す。
テーブルに突っ伏しているクーの頭の脇に、驚かさないようにそっとコップを置いた。

川;゚ -゚)「あ」

( ´_ゝ`)「ごめん。勝手に台所使ったよ」

川;゚ -゚) <ありがとう>

 昨日覚えておいたおかげで、彼女の手話がすんなりと理解出来た。
手話というのは不思議なもので、言葉の意味が頭の中で、じわりと滲んで溶けるように感じるのだ。
とても柔らかく、心地よく響く、彼女の“声”。持ってて良かった手話辞典大百科集だね。

( ´_ゝ`)「体の方はもう大丈夫?」

 手話が来るかと思って身構えたが、彼女はこくりと頷いただけだった。

( ´_ゝ`)「ごめん。無理に魔法を使おうとさせちゃって。もう、やめた方がいいかな?」

川 ゚ -゚) <ううん。******>

 首を振った後の手話がわからなかった。動作は右手の指先を左胸に当てた後、右胸に当てるものだ。
明確な意味は理解出来なかったものの、彼女がまだ練習を続ける意志を持っている事は明らかだった。
燃えたぎる闘志が、彼女の目を光り輝かせていたからだ。

 放っておいたらすぐにでも修練室に向かいそうだったので、続きは明日にしようと早めに釘を打っておいた。
心配する必要も無いくらい、彼女はとても強い子のようだ。
むしろ俺と蘭子の宿代の方が、よっぽど大問題だな。

91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 22:58:25.17 ID:FGx+Eqqu0


*―――*


 それからというもの、俺とクーの練習の日々が始まった。
俺が家に行くと、決まってペニサスさんは何かしらの用事をつけて、何処かへ行く。
だから練習はずっと俺と彼女の二人きりだった。

川;゚ -゚)「はぁ、はぁ」

( ´_ゝ`)「大丈夫?」

川;゚ -゚) <大丈夫>

 彼女の魔法はちっとも上達しなかった。
呪文を詠唱しては、二人揃って倒れ込む日が続いていった。

 休憩している間は、クーの監修の元、手話の練習に勤しんだ。
こちらはぐんぐんと上達していった。やはり新しい言語の習得には実践が一番なんだな。
たまにわからない単語があれば、辞書を引いたり、筆談で教えて貰うなどして覚えていった。

 時折、どうして彼女が魔法を使えないのか疑問に思う時がある。
彼女の実の祖母であるペニサスさんは、素人の俺から見ても高い能力を持った魔法使いだ。
ペニサスさんの孫娘であるクーが魔法を使えないというのはおかしな話である。

 ひょっとすると以前ちらっと聞いた、“禁術”が関係しているかもしれないと思って、クーに聞いた事がある。
しかし彼女は何も教えてくれなかった。それどころか、泣きそうな顔で黙り込んでしまった。
以来“禁術”は禁句だと考え、口にしていない。彼女の過去に、何があったんだろう。

92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:04:45.21 ID:FGx+Eqqu0

 ペニサスさんと二人で生活しているというのも少し引っかかる。
彼女の両親はいない。これも以前ちらっと聞いた話だ。
いないというのは、この世にいない、つまり亡くなっているという事だろうか。
流石にクー本人に聞くような真似はしないが、どうしても気になってしまう。

 村はずれの薄暗い林の中で、魔法を使えない魔法使いは、今までどんな人生を歩んできたんだろう。
どうして彼女は言葉を失ってまで、使ってはいけないとされる禁術を使おうとしたんだろう。

 彼女の事は、わからない事だらけだ。


*―――*


 村に来てから早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。
彼女の魔法は、上達どころか、逆に酷くなっているような気さえした。
失敗したときの反動がより強く、体に返ってくるようになったのだ。

 以前なら一日十回くらいは詠唱出来た魔法が、今では一日三回以下になっている。
彼女の体の負担と共に、俺の体の擦り傷も酷くなっていった。
俺たちを見かねてか、とうとうペニサスさんが動いた。

('、`*川「もう待てないよ。明日。明日までに魔法が使えるようにならなかったら、もう諦めて頂戴」

 俺たちにとっては、死刑宣告並に重い告知だった。
ペニサスさんが家を出て行ってから、さっそく練習に取りかかったが、上手くいく訳が無い。
三回詠唱した後、クーは倒れて寝込んでしまった。
この調子じゃ、明日も駄目だろう。すると明日が、俺とクーのお別れの日になる。

93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:05:57.49 ID:nB+dRDKp0
文章力も構成も何一つ問題ないし比較的秀逸なんだがなぁ

94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:05:59.75 ID:TC0FD8yYO
支援

95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:06:52.66 ID:8J5K6BOY0
単純に読みにくくて読む気が出ないじゃよ

96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:10:56.20 ID:FGx+Eqqu0

 遂に一度も魔法を成功させる事が無かったが、楽しい日々だった。
手話でのたどたどしい会話も、彼女が作ってくれる料理も、今日で、終わりか。
寂しいとは違う、悲しいでも無い、喪失感が俺の中で膨らんでいった。
肘掛け椅子にもたれ、誰もいない居間で一人考え込む。
この一ヶ月で、俺が彼女にしてやれた事って何だろうと。

 ただ傍らで応援し、時々お茶を出して、手話で会話しただけだ。
これじゃエセ勇者と言われても仕方が無いと、口元がにやけ、自嘲した。

 そして疲労が溜まっていたのは、どうやら俺も同じみたいだ。
背もたれに体を預けた俺は、徐々に意識が無くなっていった。


*―――*


( ;´_ゝ`)「!」

 誰かの声が聞こえた気がして、はっと目を覚ました。
眠り込む前と同じ居間だ。部屋には誰もいない。でも俺は確かに声を聞いた。
泣きじゃくる女の子の声だ。

 恐怖と悲しみが入り交じって、感情がぐちゃぐちゃになっていく感覚もした。
今のは一体何だったんだ。考えてもわからない。それより、そうだ、クーはどうしたんだろう。
彼女を運び込んだ寝室の扉をノックし、返事を待った。しかし扉は開かないし、返事も聞こえない。
恐る恐る扉を開くと、中はもぬけの空だった。

 一瞬頭が混乱したが、よくみると天井の板が一枚抜かれていて、そこに梯子がかかっていた。
躊躇う気持ちもあったが、意を決して天井裏へと続く梯子を一段一段踏みしめるように登っていった。

97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:13:28.45 ID:MAkNWO6EO
え、面白いだろこれ。
追い付いたぜ支援。

98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:16:42.13 ID:FGx+Eqqu0

 頭だけを天井裏に入れると、暗闇に包まれた天井裏に、光が差している場所があった。
板が抜けないようにそうっと体を滑り込ませ、四つん這いで天井裏を這い、光の当たっている場所を目指す。

 光は屋根に出来た大きな割れ目から差しているようだ。
近寄ってみると、大人でも十分に通れる大きさだとわかった。
割れ目から切り取られた星空が見える。ここから屋根の上に出られるようだ。

 服が引っかからないように注意して、割れ目に体を潜り込ませた。
視界が広がり、満点の星空が頭上に広がる。かび臭い天井裏と比べると、外は空気が澄んでいて気持ちよかった。

 首を回すと、彼女はすぐに見つけられた。
斜めに連なった木の板で出来た屋根に、腰を下ろして膝を抱えていた。

( ´_ゝ`)(クー)

川 ゚ -゚)

 夜空を見上げている彼女の表情は、いつも通りの無表情だった。
ただ俺には、どうしようもなく孤独で、抱えきれないものばかりを背負っている、痛々しい女の子の姿にしか見えなかった。

 今彼女にどう声をかければいいんだろう。『頑張れ』か。それとも『よくやったよ』なのか。
どんな台詞も空しく聞こえるだけだ。彼女の無表情に隠された暗い感情を払拭する事は出来ない。
やっぱり俺は人一人救えないエセ勇者なのか。いや、違う。
例え世界は救えなくても、目の前で泣いている人に手を差し伸べる事くらい出来るはずだ。

( ´_ゝ`)「クー」

川 ゚ -゚)「!」

99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:20:49.06 ID:FGx+Eqqu0

 振り返った顔は、出会って間もなかった頃の怯えた小動物のようだった。
彼女をこんな風にした出来事を、俺は知らない。
それでも彼女の悲しみは、無言の言葉になって俺に伝わってくる。

( ´_ゝ`)「隣、良いかな」

川 ゚ -゚) <うん>

 滑って落ちないように注意して、屋根を伝って近寄っていった。
あんまり近すぎないように、でも離れすぎて話せなくならないように、彼女の隣に腰を下ろした。

( ´_ゝ`)

川 ゚ -゚)

 最初は俺の事を見ていた彼女だったが、次第に元のように視線は空に移っていった。
俺も彼女と同じように、雲一つ無い夜空を見上げた。

 夜空の星々を見ていると、いつも思う事がある。
人間はなんてちっぽけなんだろうとか、全ての悩みは小さい事なんだな、とかありふれた事だ。
しかし今日の俺はもっとロマンチストだった。
人の数だけ宇宙があって、星の数だけ選択肢がある。
だから人は迷い、悩むんだなと、こんな事を考えてたんだ。

( ´_ゝ`)「あの、さあ」

川 ゚ -゚) <何ですか?>

100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:24:38.61 ID:FGx+Eqqu0

( ´_ゝ`)「君と出会えて、本当に良かった。俺にはこれしか言えない。
       俺は勇者のはずなのに、何も出来なくてごめんよ」

 もっと気の利いた台詞を言えればいいのに、思いつく事なんて出来やしなかった。
淡い星の光に照らされた彼女は、頷くことも、否定する事もせず、静かに俺を見つめていた。
言葉なき言葉が、彼女の瞳から溢れているようだった。

 俺たちはどちらともなく体を寄せ合い、体重を相手に預けた。
二人で見上げる星空は、涙が出そうな程美しかった。


*―――*


 見慣れた修練室には、いつもはいないペニサスさんがいる。
万が一奇跡が起きれば、彼女と旅を続ける事が出来る。
魔法陣の中心で、静かに精神統一する彼女を、祈るような気持ちで見ていた。

 いつもはうるさい蘭子も、この日だけは俺の足下に静かに佇んでいた。
犬の気持ちは正直よくわからないが、何となく蘭子も祈ってくれている気がする。
神様なんて信じていない癖に、俺は神様に向かって懇願していた。
都合の良い時だけおねだりするエセ勇者に、神様は微笑んでくれるのだろうか。

川;゚ -゚) <始めます>

 彼女は目に見えて緊張していた。肩に力が入りすぎている。
俺はあの日の彼女を思い出して、手話で彼女に言葉を伝えた。
右手の指先で、左胸から右胸に手を伸ばす。『大丈夫』という、メッセージだ。

101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:24:39.01 ID:MAkNWO6EO
支援

102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:27:21.93 ID:FGx+Eqqu0

 彼女が俺を見ていたかどうかわからない。
ただ彼女のかちこちだった体が、ほんの少し柔らかくなったのは感じた。

川 ゚ -゚)「あぁあうぁうあ、あぁえええあぁ!」

 相変わらずうなり声にしか聞こえない詠唱だが、俺にははっきりと分かった。
彼女が持つ魔力と魔法陣が呼応し、形となって力が集まる波動を。
成功しても良い。失敗しても良い。彼女が何かを手に入れてくれたら、俺は満足だ。
柄にも無く、良い人を気取ってみた。
思ったより、気持ちが良かった。


*―――*


 結局魔法は失敗してしまった。
崩れ落ちるように倒れた彼女に駆け寄り、大丈夫かと声をかける。
もはや合言葉のようになってしまった手話で、彼女は『大丈夫』と返した。

('、`*川「仕方無いね。約束は約束だから」

 俺も彼女も、覚悟は出来ていた。既に旅支度も調えてある。
向かい合って立った俺とクーは、別れを惜しむように最後の手話を交わした。

 左手の甲を右手の手刀で叩き、『ありがとう』。
誰でも知っている手話、手のひらを見せて横に振る、『さようなら』。
これが最後の手話になると思うと、胸に熱いものがこみ上げてきた。

103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:29:41.17 ID:FGx+Eqqu0

('、`*川「この子を頼むよ」

 魔王を倒したら、帰りにこの村に寄っていこう。
その頃にはきっと彼女も魔法が使えてええええええ?

( ;´_ゝ`)「今、何て?」

川;゚ -゚)「あぅ?」

('、`*川「だから、約束だよ。ふつつかな孫娘だけど、宜しく頼むよ」

 わからない。ペニサスさんの言っている事がわからない。
飛び上がって喜んで良い事なのかもしれないけど、真意がわからない以上素直に喜べない。

 だって約束では『魔法が使えたら』彼女を連れて行っても良いとなっているはずだ。
彼女は魔法を使えない。一度も魔法は成功しなかったはずだ。
何を言っているんだろうかペニサスさんは。ぼけたのかな。

('、`#川「アホ! まだ現役じゃ!」

( ;´_ゝ`)「ご、ごめんなさい。でもどうして?」

('、`*川「だから、魔法を使えてるって事だよ」

川;゚ -゚)「えあぁあいあぅお?」

('、`*川「気付いてないのかい。まあ気付くまで私は何も言わないよ」

104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:31:32.63 ID:FGx+Eqqu0

 意味がわからない。彼女は一体何の魔法を使ったっていうんだろう。
でも、とにかく、そうだな、今は、大声で叫びたい気分だ。

▼・ェ・▼「ワォーン!」

 蘭子に先を越された。ワォーンじゃないよワォーンじゃ。
ああ、くそ、でも嬉しいぞ。嬉しいな。良かった。本当に良かった。

( ´_ゝ`)「クー」

川 ゚ -゚) <兄者さん。私で、良いの?>

( ´_ゝ`)「君じゃないと嫌だ。君だから、君なんだ」

川*゚ -゚)

 もう意味なんてわからなくていい。俺は今初めて勇者らしい事が出来たんだ。
人を救える事が出来たんだ。クーと、一緒に旅が出来るんだ。
こんなに嬉しい日は無い。これが魔法だとしたら、俺は勇者を辞めて魔法使いになるね。


*―――*


 人は望まれて生まれてくるものだ。
親に、兄弟に、親戚に、神に、大地に、誰かから必要とされて生まれるんだ。
生きる事の意味なんて、生まれた時からひっついてきてるものなんだろう。
考えるだけ無駄だ。俺たちが出来るのは、ただ一生懸命生きるだけなんだ。

105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:31:50.97 ID:MAkNWO6EO
むむ?

106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:33:01.57 ID:FGx+Eqqu0

 それでも人は、星の数だけ迷い、悩み挫折する。
一人で何とかする人もいれば、誰かの助けが無いとどうしようも無い人がいる。

 人を助けるというのは、自分を助けるという事でもあるんだ。
転んだ人を見つけられるのは、俯いて歩いている人間だけだから。
肩を貸して立ち上がれば、自然と目線は上がるものなんだ。

川 ゚ -゚) <これから何処の街に向かうんですか?>

( ´_ゝ`)「さあ。歩きながら考えるよ」

川 ゚ -゚) <そうですね>

 ちなみに、女将さんから借りてた手話辞典大百科集はそのまま譲って貰った。
さらに今までの宿代全てを旅の資金にと返してくれたのだ。
俺じゃ無くて、クーにとても人徳があるらしい。
人に良い事してると、ちゃんと返ってくるもんなんだな。

 それにしても気になるのは、彼女が使った魔法の事だ。
ペニサスさんは嘘や同情で言っていた様子では無かった。クーは確かに、何かの魔法を使ったのだ。
一体どんな魔法を、いつ、どういう形で使ったんだろう。
どうしてペニサスさんは、俺たちを見てにやついていたんだろう。

 まあ、いいか。

( ´_ゝ`)「ふぅ―――」

 今日は晴れそうだ。俺が出来る唯一の“見通し”。
全然あてになんないけどな。

107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:34:11.94 ID:FGx+Eqqu0


#ギンガムチェックの世界で

終わり



108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:37:31.63 ID:MAkNWO6EO
後の嫁さんゲトか、兄者。

109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:44:52.30 ID:6pggBkhA0
流石だな兄者

110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:51:49.42 ID:PBtNeQ8mO
流石だな

111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:51:51.52 ID:TC0FD8yYO
支援したい時に規制ってどんなだ支援

112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:52:13.07 ID:FGx+Eqqu0
はー緊張したw
支援ありがとうございました。一つもレスがつかなかったらどうしようかと思ってました。
書き溜めはまだありますが、とりあえず今日はこの変で終わります。
どうもありがとうございました。

113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:53:10.71 ID:bz3TPD7zO
乙。しかしバトル全くないな

114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:54:37.20 ID:MAkNWO6EO
乙。続き楽しみにしてるよ。

115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:55:23.67 ID:/YWDA/Ei0
OK。こんな感じで第1章はおわり。
          ∧_∧
    ∧_∧  (´<_`  ) 流石だよな俺ら。
   ( ´_ゝ`) /   ⌒i
   /   \     | |
  /    / ̄ ̄ ̄ ̄/ |
__(__ニつ/  FMV  / .| .|____
    \/____/ (u ⊃





>>1

116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/25(木) 23:57:16.81 ID:TC0FD8yYO
乙。

117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 00:03:35.33 ID:74y98ABwO
>>1

118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 00:23:33.71 ID:mcFp2dnVO
1乙
明日からパラドックスで検索する仕事かはじまるお

119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 00:37:50.88 ID:tQXJ9YtbO
これは大好きだ、
次も期待してますw

120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 01:03:20.98 ID:IuzELmcNO
よむほ

121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 01:08:03.86 ID:2RQl8isnO
続編wktk

122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 01:17:12.93 ID:VypRFIwLO
キノ読んでるようだった

123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 02:16:09.09 ID:cFVeKT/SO
まとめられてるといいな

124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 02:57:41.21 ID:S+C6WoLN0



125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 03:14:45.40 ID:4xs84RRn0
いいな

126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 04:36:47.03 ID:Tyo0xMRpO
よむほ

127 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 04:39:59.05 ID:/0D+h2ROO
あがれ

128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 06:01:05.92 ID:kLXAC3u8O
よほ

129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 07:11:49.21 ID:TkK3LEu5O
面白かったよ 乙

130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 08:42:36.55 ID:tK02xOCNO
>>1

131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 09:06:25.69 ID:fR+lqpxW0
1乙
次回はいつごろになるかな?

132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 09:58:54.00 ID:2nto22J0O
保守的

133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 10:44:53.24 ID:tK02xOCNO


134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 11:08:05.58 ID:HAh+7B5G0
ho

135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 11:32:35.51 ID:0DE/GlK0O
乙!
続きが気になるぜ

136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 13:08:03.87 ID:QFdagK0zO
面白かったよ!続きが楽しみだ

137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 13:08:51.73 ID:shNY7BLfO


138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 14:34:45.08 ID:2/mF9ekPO
面白い!乙!クーかわいい!

139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 16:09:41.38 ID:QFdagK0zO
再開がwktkだ

140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 16:46:33.51 ID:ya5Sf1K9O
よむほ

141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 18:04:50.44 ID:eMB92Qiv0
読み終わった
これはいいね。読みごたえがある

142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 18:37:49.78 ID:1aR1wDvxO
面白かったよ。続きが待ちどおしいな。

143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 19:19:00.86 ID:0DE/GlK0O
ほし

144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 20:07:27.76 ID:snEY61zl0


145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 20:07:27.60 ID:QFdagK0zO
ええい!続きはまだか!

146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/09/26(金) 20:18:37.84 ID:vRFKOMZm0
結構長いからまださわりしか読んでないが
面白そうな話だな まとめてもらいたい オムさんとか

wktk!

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